2023-10-08

なんのための創作か 自分はなにをしたいのか

自分はなんで写真やアートなどの創作をしているのか

深く考えれば考えるほどわからなくなっていました。

 

おしゃれ、かわいい、すてき

 

こんな言葉がほしい訳では無い、でも収益化するにはそっちの方向を向かざるを得ない

 

皆が欲するものを生み出し消費させる

 

そんな資本主義のやり方には強烈に抵抗がある

 

でも利益をあげようと思うとその方向から逃げるのが難しい

 

そんな葛藤の中でしばらくフリーでの活動を止めて考えていました

 

その前も後も間人間関係で嫌なことが続き

 

深く傷つき、この出来事が自分に示していることはなんだろうと考えていました

 

自分の側を見る、自分に落ち度がないか内省するなどスピリチュアルや心理学、その他いろんな方向から情報を得る中

 

原田季佳さんの「見えない世界の案内人」を読んではっとした気づきがありました。

私は運動神経が悪く、どちらかというとピアノを弾いたり、お花を生けたり、習字をしたりすることの方が好きでした。

人と争うことが苦手で運動には向いていない性格なのは分かっていましたが、苦手なことを克服したいと思い、あえて自分に一番向いていないスポーツを選びました。強豪校である中高一貫の学校に、スポーツ推薦で入学。今思うと、この決断は私にとって人生の分かれ道でした。

私が選んだ道は、想像を絶するものでした。数年間受けた体罰やいじめの数々…私は、高校を卒業するまでの六年間、何度も何度も「この地球上で、私という存在は必要なのか」と、神様に問いかけました。自分の存在でさえ認められない状態となっていました。
どんなに辛くても、私は何か一つでも今の状況で「感謝できることはないか」と、感謝を探すことにしましたが、高校を卒業しても結局「感謝」を見つけることができませんでした。
経験したことは、無意味だったのか?生まれてきた時から私にたくさんの愛情を注いでくれた人たちと何が違うのか?「愛」について考えました。
「愛がない人」なんているのかな?いろいろと考えました。その時、頭に浮かんだ言葉は「愛がない人」ではなく「本当の愛を知らない人」がいるということ。
長い時間探していた答えが見つかり私の心に小さな明かりが点きました。いろいろな経験をすることで私自身が成長できたことに「感謝」することができました。辛い経験にも必ず意味があります。

MOMO.みえない世界の案内人:生きづらいあなたに伝えたいこと(pp.112-113).tokitsukazeshuppan.Kindle版.

 

池川明さんや木内鶴彦さん、飯田史彦さん、ブライアンLワイス、高橋信次さん等々スピリチュアルのレベルの高い人達の話などを聞いていくうちに

 

この3次元の現実に重なるように創造主が作られた高次元の世界がありそれは愛である。

ということを疑わなくなりました。

私達は愛によって生かされており、会いたくない人に会い深く傷つくのもその愛の存在を確認するためなのです。

 

その世界を普通の人はほとんど意識して生活しておらず。

 

しかし私は14歳位から強く(限られた範囲ではありますが)視覚や音などで異次元や過去世、非日常を感じ見える部分があり、その中には神の愛であるかもしれないと思うものもあり

 

その能力があるために一般社会(敗戦洗脳と資本主義に侵された日本)に合わせて生きるのが息苦しく

 

世間と反りが合わなかったのだと、私がおかしいのではなく

 

まさしく一般社会に多いのはその人達が悪だというのではなくて

 

「愛がない人」ではなく「本当の愛を知らない人」がいるということ。

 

そう、そういう不思議な世界があることを知らない人たちが多数いるということなのだと思いました。

そんな人の中に入ると浮いてしまい息苦しかったり傷つくことも多い。

でも私達は愛によって生かされており、会いたくない人に会い深く傷つくのもその愛の存在を確認するためなのです。

太陽はすべてに分け隔てなくエネルギーを与えます、そして創造主の愛はそれ以上に至福なものです

自分は何がしたいのか、何を持って幸福とするのか

 

わたしが本当にやりたいこと、やれることは

 

いかなる派閥にも所属せず

 

私が感じているありのままの考え、愛の世界を

 

この世界に持ってきて

 

それを受け取れる人にだけでもいいから

 

私らしいやり方で伝え癒やすことではないか

 

そう強く思いました。

 

“夕暮れの九十九里海岸” 寄せては返す波が干渉するように 現れては消える海の泡のように 私達は現れ 沢山の人と混じり合い 消えていく 人の一生は儚く美しいのです

 

 

 

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